「おかきさんと同じようなホルモン値で妊娠出来た人は、10年間に1人程しかいません。
約50,000人に1人くらいの割合です。
妊娠率にすると0.002%です。」
そう診断されてから、約2年半。
ついに、この日が来ました―。
2024.10(過去を遡って書いております)
不妊治療歴約3年。
30歳で早発閉経(AMH0.03/FSH80↑)と診断され、
卵が見える事すらなくなってきておりましたが、
ART15回目・16回目にして初めての凍結。
そしてついに、念願の初めての移植を行い 9W まで辿り着く事が出来ました。
本日は、9w4d。
問題なければ、不妊治療クリニック卒業の日。
比較的軽いとはいえつわりが続いているものの、
いつになっても安心できないのは、いつになっても変わらない。
エコー前のあの独特な緊張感も、全然慣れない。
どう気を紛らわそうか、どうすれば気持ちが落ち着くのだろうか、
と考えているうちに、自分の番が。
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先生「おかきさん、胎嚢も成長してますし、心臓も元気に動いていますよ。
おめでとうございます、今日でこのクリニックは卒業です。本当にお疲れ様でした!」
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私はこの日をどれだけ待ったことだろう。
未来に何の不安もなく、結婚した24歳。
あれ…?なんで妊娠出来ないんだろう?と初めて不妊治療クリニックに行った、30歳。
『早発閉経?何それ。 妊娠は難しい?誰の事言ってるの?』
『卵子提供?ちょっと待って、まだ2ヶ月しか試してないじゃん…』
不妊治療の最後の砦とも言われる県外のクリニックへ希望をもって転院した、31歳。
先生「妊娠は難しいです。おかきさんと同じようなホルモン値で妊娠出来た人は、10年間に1人程しかいません。約50,000人に1人くらいの割合です。妊娠率にすると0.002%です。」
『え、ここ最後の砦じゃないの?不妊治療って病院に行けば何とかなるもんじゃないの?』
諦めきれず何本も何本も注射を打ち、卵巣に傷を入れるIVAの手術も受けた。
でも、採卵どころか卵が見えなくなってきた。
まだ32歳なのに。
PFC-FDという手術がある、と知った33歳。
PFC-FD:自己血液をフリーズドライし卵巣に注入する事で、組織の修復を促す治療。
当時通っていたクリニックではPFC-FDが出来なかったため、本当にこれで最後と決めて転院。
PFC-FDをしても授からなかったら、自己卵子は諦めよう。
そして転院初日。
先生「卵巣が見えない事にはPFC-FDは出来ません。とりあえず今の状態でエコー見ますね。
うーん。ちょっと卵巣見えずらいですね…。
これかな?というのはあるのですが、なぜか白濁してるので何とも…。」
”卵巣が見えず注入出来ないかもしれない”という初歩的な所でつまずくなんて思ってもいなかった。
でも、もう私達に残された選択肢は、これしかない。
『注入当日、卵巣が見える事にかけます。』
血液をフリーズドライするのに3週間かかるとの事で、その間プレマリンを飲んで待機。
約3週間後―。
FSHは76と相変わらず高いものの、卵巣が見えるかエコーを確認すると
奇跡的に半年ぶりに卵胞が見えてる…!
先生「採卵目指しましょう!卵が見えていれば、PFC-FDの注入は出来ます!」
それから気付けば採卵まで辿り着いてた。
そして不妊治療を開始して約3年目にして初めての凍結。
しかも、2個も。
またその次の月も2個凍結。
これまでの約3年で、凍結どころか1個も成熟卵すら採れたことがなかったのに。
これまでの治療は一体何だったんだろうと思うほど、とんとん拍子に治療が進む。
不妊治療を開始して3年で、やっと念願の移植に辿り着けました。
それから一時も安心できないまま、今日。
私はこの日をどれだけ待ったことだろう。
胎嚢は 39.3㎜ → 47.3㎜ に。
心拍は 189bpm → 176bpm に。
順調に育ってくれていて、
無事に不妊治療クリニック卒業!!!!!!
本当に本当にこれまで本当に長かった。
いつ終わるか分からない治療を淡々と続けて、
少しずつでも前に進むどころか、卵が見えなくなるという絶望感にさいなまれ。
もうあの時の気持ちは思い出したくないほど辛かった。
でも、決して無駄な時間ではなかったって思える。
この約3年間の治療期間があったからこそ、
夫の存在の大きさに気付けたし、自分自身も確実に強くなった。
日に日に不安だけじゃなく喜びも増えてきて、毎日胸がいっぱいになる。
もちろん無事に産まれるまでは安心出来ないけど
これまでたくさん涙を流してきた分、
これからは、たっくさんの幸せを噛みしめて生きていこう。
これまでブログを読んでくださっていた皆様、本当にありがとうございました!
元々ブログを始めた理由が、
私が治療を開始した時には早発閉経に関しての情報がかなり少なかったので
1人でも誰かの力になれれば、と思い書き始めました。
不妊治療を通して、
・Xで定期的にランチ会の募集をし、九州関東関西で計14回(27名)開催
・ジネコさんにHer storyを掲載していただいた
・不妊治療の保険適用に関して中心人物として尽力してくださっている議員の方と、FCHさんを通してお話しさせていただいた
いろんな経験をさせていただきました。
ありがたい事にたくさんのDMもいただきました。
でも、”誰かの為に”と始めた事が
気付いたら力をもらっていたのは、間違いなく私の方でした。
本当に皆様に感謝しかありません。
2025.5.13 満月の日
無事に元気な男の子を出産しました。
きっとこれからも大変な事や辛い事もあるかと思いますが
不妊治療を通して培ってきた精神力の強さを武器に、
どんとこい精神で立ち向かっていきます。
ちょっとやそっとの事では傷つかない母親になれたかな、と思っています。
この世で子どもを望む皆様に幸せが訪れます事を、心から願っています。
そしてこれからも自分に出来る事を、全力で行っていきます。
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